戦争立法は許されない

 今年は戦後・被爆70年の年です。先の戦争では多くの尊い命が奪われ、その反省にたって「二度と戦争をしない」という決意で日本国憲法をつくりました。ところが今、国外で戦争する国に変えようとする動きがあります。「戦争とは何だったのか」、お話をお聞きしました。

卯の花を見ると空襲を思い出す

五十嵐洪平さん(函館市在住)

 終戦を迎えたのは、小島国民学校4年生の10歳でした。その年の7月14日と15日に松前沖空襲がありました。朝9時頃、松前町の小島の方角から、アメリカの戦闘機、グラマン数機が見えました。「カン!カン!カン!」という半鐘の連打が小島赤神村中に響き渡り、私は震えながら、ウツギの木の下に隠れました。

 終戦の日の8月15日は天気が良く、アワビとりに海を泳いでいました。お昼になると大人の人たちが旅館のラジオを聞きに集まっていました。「戦争に負けたんだ」と話していましたが、これが玉音放送だと後でわかりました。

 戦争中は甘いものを口にしたことはなく、キャラメルを一粒なめたことだけが記憶に残っています。主食は畑でとれた粟やトウモロコシを粗引きにし、雑炊を作って食べていましたが、それでも腹いっぱい食べることもできませんでした。白米は年に1回、正月に食べる程度で、大根の葉も貴重な具材で、そのくらい食料難でしたね。

 4~5年前から稜北健康まつりで絵手紙を展示させてもらっています。これまでも自分の闘病についてや、戦争のこと、空襲のことを書いてきましたが、今回は「戦争立法」について書きました。この法案は決して許されない、廃案するしかないと、何か皆さんに伝わればと思い、3日間かけて書き上げました。
絵手紙のサークルの仲間とも交流していますが、「やはり戦争になったら大変だ」と返事が来るとうれしいですね。

 戦争のことは、自分の子どもや孫たちにもこれまで、きちんと話をしたことがありませんでした。しかし、今の世の中のことをきちんと後世に残したい、その思いで、この絵手紙を書きました。

 毎年7月、家の庭に卯の花が咲くのを楽しみにしています。この花を見ると、空襲のとき、ウツギの木の下に隠れた当時のことを思い出します。死ぬまで絶やすことはできないです。

投稿者: 道南勤医協 | 登録日: 2015年8月1日

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