「会員と家族からガンと脳卒中を出さない」を合言葉に
昭和友の会会長 吉田 正蔵
道南勤医協と友の会は民医連運動実現のため、密接なつながりをもってきました。思えば函館診療所から更に大きく充実した稜北病院建設の目標を持った友の会は、函館を中心に渡島、桧山の各町村に在住の社員と共に農民、漁民、労働組合員などと膝を交えて民医連運動を語り、働く者の健康を守る砦を函館にと訴え、理解と協力と建設資金の借用をお願いしてまわりました。これらの努力が実り、「みんなで建てた、みんなの稜北病院」がついに開院しました。
道南一帯に友の会の大きな輪が広がり、会員数が増加し、地域毎の組織化がはじまりました。1984年1月尾札部友の会が誕生。地域友の会第1号となり、以後、各地に続々と組織化がすすみました。
この状況を挙げ、同年7月道南勤医協友の会連絡会が結成され、3人の代表委員と貴志事務局長で、事務局を稜北病院の健康管理室に置きました。「会員と家族からガンと脳卒中を出さない」を合言葉に、管理室スタッフの協力で友の会健診、医療懇談会、保健大学など保健予防活動に取り組みました。勤医協だよりの宅配もはじまり、勤医協と友の会共催の行事が多くなって、運動会中心の健康まつりを鍛神小グランドで実施したり、特にゲートボール大会は、函館有数の大会にまで発展しました。
友の会連絡会結成以来20余年、会員数3万4千を超え、地域友の会は60を数える組織に成長しました。この力が、地域みんなの健康を守る勤医協の支えとして発展するよう望みます。
2007年2月 第275号より
